心理学 Q & A

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Q4.地平の月と真上の月は,なぜ大きさが違って見えるか?

地平線からのぼり始めた月は大きく見え,空高くのぼっていくにつれて,小さくなるように見えます。なぜそう見えるのでしょうか。月までの距離は38万kmだそうですが,それは,地平方向でも真上でも,変わらないはずです。大きさが違って見えるのは,眼の錯覚なのでしょうか。

A.鈴木光太郎

眼の錯覚です。地平の月と真上の月を望遠レンズのついたカメラで撮ってみましょう。月は同じ大きさに写るはずです。あるいは,50円玉を持った手を伸ばして,穴から月を見るのもいいでしょう。どちらの月も,同じように穴の中に収まります。ですから,月の大きさの違いは,眼以降で起こっていることになります。

多くの人は,この現象が錯覚だということに気づいていません(教養の授業で大学1年生に聞いてみたところ,ほとんどの学生は自然現象だと思っていました)。昔,「子ども電話相談室」で,この疑問が小学生から出されて,天文学の先生が,月は地球のまわりを楕円軌道を描いてまわっているからだと解説したことがあります。夜空をよく見ている人でも,これが心理学的錯覚とは知らないことがあるようです。

この現象は,「月の錯視」という名で呼ばれています。月だけでなく,太陽でも星座でも起こるので,「天体錯視」とも呼ばれます。この錯視がなぜ起こるのかについては,古くはアリストテレスを筆頭に,たくさんの学者がその考えを披露してきました。19世紀末からは心理学的な実験的検証も行われるようになりました(この長い歴史をひもとくには,最後にあげた文献が参考になります)。

このように研究の歴史は長いのですが,なぜ起こるのかは,完全に解明されているわけではありません。1960年ごろ,ロックとカウフマン(Rock, I. & Kaufman, L.)は,ハーフミラーを使って,無限遠にあるように見える月の像を作り,それをさまざまな風景と重ね合わせて,被験者に観察させる実験を行いました。一連の実験で彼らが得た結果は,月までの見かけの距離が大きさの錯視を生み出しているというものでした。2つの対象が同じ長さや大きさで眼の網膜に映っていても,一方の対象が他方の対象の2倍の距離にあれば,その実際の長さは他方の対象の2倍のはずです(いわゆる大きさの恒常性です)。月の場合にも,網膜像の大きさは同じですが,真上の月に比べると,地平の月のほうが見かけの距離が遠いので,脳は地平の月のほうを相対的に大きいように見せるのだ,というわけです。この説は,多くの教科書にも取り上げられ,ポピュラーな説になりましたが,地平の見えない暗黒中でも月の錯視が起こるなど,反証も多く出されています。

最近,ロスとプラグ(Ross, H. E. & Plug, C.)は,これまでのさまざまな実験の結果を総合的に検討し,月の錯視が単一の要因によるものではなく,眼位や頭位,姿勢,そして地平のものの見えなどの要因が総和的に寄与しているのではないか,と推測しています。

文献

苧阪良二 1985 地平の月はなぜ大きいか―心理学的空間論― 講談社
Ross, H. E., & Plug, C. 2002 The mystery of the moon illusion: Exploring size perception. London: Oxford University Press.

すずき こうたろう
新潟大学人文学部教授。
専門は,実験心理学。
主な著書は,『動物は世界をどう見るか』(新曜社)など。

心理学ワールド第27号掲載
(2004年10月15日刊行)