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日本心理学会の国際化
社団法人日本心理学会
理事長 繁桝算男
日本心理学会は,国際心理学会議(ICP)を2016年に横浜で開催することを希望して,提案書(Proposal)を国際心理科学連合(IUPsyS)に提出しました。同年の2016年に開催を予定したオリンピックは招致に成功しませんでしたが,ICPはぜひ首尾よく招致し,横浜での開催を実現したいと思います。キャリアの長い方は覚えていらっしゃると思いますが,1972年に第20回国際心理学会議が東京プリンスホテルで開催されています。このときのようすは,『日本心理学会五十年史(第2部)』で知ることができます。たとえば,特別講演は当初スキナー教授に依頼したが,その折に健康を害されており実現しなかったこと(その後来日されたようです),結局,特別講演はブルーナー教授によるお話だったこと,参加者は国内1,168名,海外1,394名,計2,562名だったことなど興味深いことがわかります。この会議にはたくさんの方が熱意をもって関与されました。『日本心理学会五十年史』には,この会議に関与された方々が思い出話を寄稿されています。東洋先生は,開催から15年経過した1987年の時点において,「過去において最も成功した大会」であり,また,この大会の意義として,「ほとんど無視されてきた日本の心理学界の威信を一挙に高めた」とまとめられています。また,大山正先生は,この国際大会をきっかけとして,「友達の輪を世界に広げている,これこそ国際会議の一番の成果であろう」と書かれています。そのほかの執筆者も,苦労はしたがその苦労に値するだけの意義があったことでは一致しています。ただし,若干の反省的な弁もみることができます。たとえば,南博先生は,「国際会議はひとときの豪華なお祭りで終わらせてはならず」「莫大な時間とお金とエネルギーを注いで,一応成功したとされるあの大会が,その後の心理学者,特に若い人たちに何をもたらしたのか小生は自問せざるを得ないのである」という言葉で結ばれています。
オリンピックを招致できなかった理由の1つは,世論,特に,東京都民のサポートが不足していたことのようです。1964年の東京オリンピックはアジアで最初のオリンピックという錦の御旗がありました。2度目の招致運動は,ご承知のように,南アメリカで初めてのオリンピックという旗に負けてしまいました。ICPに関してはどうでしょうか? 会員の間ではICPを招致する動きについてあまり盛り上がってもいないかもしれません。1972年の国際大会開催においてもこの点は懸念されていたようで,心理学会会員の全員に賛否を聞くだけではなく,「一定の基金を負担しても賛成するか否か」という具体的な問いかけを含むアンケートを実施されたようです。しかも,事前に300以上の賛成が得られることを条件としました。300をわずかに上回るという結果だったそうです。
現在は日本人研究者が海外の国際大会へ気軽に出かけて発表する時代になりました。また,お祭り的になりやすい大きい大会ではなく,専門分野に特化した,たとえば泊まり込みで専門的に高度な研究ばかりを聞くことができるワークショップ的な大会のほうが勉強になるという声もあります。このような事情はICP開催を不要とする議論に与するようですが,以上のようなことを鑑みたうえでも,ICPを日本で開催する意義は大きいと考えます。
1972年のICPは,若干背伸びしてでも海外からの研究者をおもてなしし,日本の心理学を世界に知らしめることが目的であったとすると,ICP2016はよりフランクに海外の研究者と交流し,日本における創造的な心理学研究を刺激することを目的としたいのです。
海外で出版される心理学辞典に載っている日本人は少ないでしょう。心理学において日本初の画期的な貢献が少ないことを表しています。日本の心理学研究者が,海外で出版された論文を読み,その実験や解釈を改善した研究をしようとするような姿勢である限り,日本から世界的に評価される研究が出るのは難しいように思います。ちょうどそれは,ローマ人たちがギリシア語を手本とし,ギリシア語を書くことが教養であると思っていた時期には,ローマ文学は評価されなかったようなものです。
世界的に大いに活躍されている日本人研究者も多いのですが,海外で研究した経験のある方が多いように思います。日本の心理学研究者を取り巻く環境と海外の研究者の環境に異なる点があり,それが研究に対する姿勢の差や生産性につながっているようです。次のICPは,海外と直接交流する機会の少ない研究者にも,世界のいわゆる大家といわれる人たちやこれから専門キャリアを積んでいく若い研究者に会って自分の考えで議論する機会としたいのです。議論する機会がたとえないにしても,大家といえどもスーパーマンではなく,ある意味で自分たちと同じレベルの問題に格闘していることを実感するだけでもいいでしょう。
1972年には,実際的な仕事を担当された方の多くは40歳代だったようです。次の国際大会にも,ぜひ若手の方(age discriminationにならないように精神的に若手としておきましょう)の積極的なご支援をお願いしたいものです。ちなみに,多くの雑用は,国際会議を準備する企業に委託するためまったくの雑用的な仕事は少なくなる見込みです。この点は,1972年当時とは大きな違いです。会議の準備は極力効率化しますので,会員の皆様に期待する支援とは,会議でよい研究を発表し,実り多い議論をすることであるとしたいものです。
日本と海外の交流に関しては,ICPの招致だけではなく,中国心理学会や韓国心理学会とはすでに協力協定を結び,活発な交流を心がけています。さらに,ほかのアジア諸国やオーストラリア,ニュージーランドなどを結び相互交流をめざすアジア諸学会連合を作ろうとする動きもあります。さきに,日本の心理学研究が手堅いが,オリジナリティに欠けると述べた原因として,そもそもオリジナルな研究をしようとする姿勢やそれを可能にする環境の問題があるのかもしれませんが(これが正しいとして,この問題を克服しようとするのがICPを招致する理由であるのは前述の通りですが),日本の良い研究が世界に知られないもう1つの原因は,宣伝が上手ではないことであるように思います。たとえば,日本の研究者はともすれば海外の論文について言及することに熱心で,すでに日本にある研究を大事に扱わない傾向があります。この点では,アジア各国の研究者が互いに研究を引用するならば,良い広報になるでしょう。日本心理学会は英語で書く専門誌,“Japanese Psychological Research”をもっていますが,中国や韓国はまだもっていません。ICP開催やアジアの心理学研究者との連携を通じ,欧米の研究のみをみて追随するのではなく,アジアの研究も視野に入れ,日本の心理学の創造的な発展を期す,それが現在の日本心理学会の方針です。なにやら,国際政治の二番煎じのように聞こえるかもしれませんが,正しい道であると信じます。
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