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心理学ってなんだろう

子どものときのことを覚えていないのはなぜ?

時間がたつと,昔のことを忘れてしまうのは仕方ないような気がしますが,自分が赤ちゃんだったときのことをまったく思い出せません。赤ちゃんだった自分がどこかに連れて行かれたときに撮られた写真を見ても,そのときの話を親から聞いても,何も覚えていません。それは大人になってからだけではなく,子どものときからそうでした。どうして赤ちゃんのころの記憶がないのでしょうか。



A.川合伸幸

ヒトは誰しも赤ちゃんだったころのことを覚えていません。これを幼児期健忘といいます。ある研究で,幼いころの重要な出来事(弟や妹が誕生,祖父母の死亡)について調べたところ,詳しく思い出せたのは3歳以降のことばかりで,それ以前についてはほとんど何も覚えていないことがわかりました。


しかし,乳児期にまったく記憶できないわけではありません。これまでの研究で,ヒトの生後3カ月で1週間,4カ月で2週間ほど記憶が保持されていることがわかっています。


さらに私たち(Kawai et al., 2004)は,すでに胎児期に学習・記憶ができることを示しました。チンパンジーの胎児に音を聞かせた後,母体を通じて不快な振動を与えるという「驚愕反射の条件づけ」を行ったところ,生後1カ月と2カ月時のテストで,胎児のときに与えられた音にだけ驚愕反応を示しました。


ではどうして私たちは赤ちゃんのころのことを覚えていないのでしょうか。大きく分けて2つの考えがあります。1つは,乳幼児期の学習は未熟で,記憶をうまく固着できない(記銘の失敗)とする考えです。もう1つは,記憶の貯蔵に必要とされた神経ネットワークが,後に発達したものに飲み込まれて,当時の記憶を思い出せない(検索の失敗)とする考えです。それぞれに合致する結果があり,完全に否定できませんが,これまでのところ,検索の失敗説のほうが支持されているようです。


いずれにしても,脳の発達と大きく関わっているようです。生後ゆっくりと脳が発達するネズミはヒトと同じく幼児期健忘を示しますが, 生後2,3日までに脳が完全に発達してしまう早成性のモルモットには幼児期健忘がなく,そのころの記憶は成体と変わりません。


一般的に子どもは1歳半ごろまでに言葉を話し始めます。つまり,1歳半ごろまでに言葉を記憶しているのです。よく考えると当たり前ですが,それでも赤ちゃんのころの記憶がないように感じるのは,「いつ」「どこで」「なにを」したかというエピソード記憶が発達していないからでしょう。「自分自身についての記憶」であるエピソード記憶は発達がとても遅く,4歳ごろに機能するといわれます。このため,幼児期の記憶がないと感じるようです。



文献

Kawai, N., Morokuma, S., Tomomaga, M., Horimoto, N., & Tanaka, M.(2004). Associative learning and memory in a chimpanzee fetus: Learning and long-lasting memory before birth. Developmental Psychobiology, 44(2), 116-122.


かわい のぶゆき
名古屋大学大学院情報科学研究科准教授。
専門は,比較認知科学,学習心理学。
主な著書は,『心の輪郭』(北大路書房),『Cognitive development in chimpanzees』(分担執筆,Springer-Verlag)など。


心理学ワールド第39号掲載
(2007年10月15日刊行)